宮城球場と私

昨日発売された『Kappo 仙台闊歩』に原稿を書いた。

10年ぶりくらいの依頼だったので、メールが来た時には驚いた。

昭和の特集をするので、「宮城球場と私」という題で1000文字くらい書いてほしいとのこと。

書評、読み物、プロスポーツ関係のニュースなど、ずいぶんお仕事をいただいた雑誌だ。ありがたくお受けした。

掘り出した写真の中から、掲載されなかったものを1枚。

https://kappo.machico.mu/books/5526

研究者100人に聞きました

「まなびのめ」という季刊のフリーペーパー+Webサイトで、研究者インタビューを行って14年になる。

http://manabinome.com/

創刊準備号が2007年12月の発行だった。先月発行の53号まで毎号ほぼお二方ずつ、大学にうかがってお話をお聞きしてきた。

東京での取材になったお一人を除く全員分を担当した。数えたら107名にもなっていて、博物館の職員など4名が含まれているが、それ以外は仙台・宮城の大学の研究者だ。

◇テーマ/研究者一覧

http://manabinome.com/interview-2/theme_list

インタビューは、通常1時間半だ。できるだけ予習はして行くものの、お話は思わぬ展開を見せることが多い。場が盛り上がるのは良いのだが、取材終了後にあらためて専門的な本やサイトで確認した上で原稿を書くことも少なくない。

数えたわけではないが、いわゆる文系と理系の割合は半々くらいだろうか。取材のたびに様々な分野を勉強させていただき、本当に楽しくありがたく思っている。

そして最新号では、東北大学を退官後、東北文化学園大学で感染症の研究を続けている渡辺彰先生にお話をうかがった。東北文化学園大学は、私が非常勤講師として文章表現や情報リテラシーの授業を担当している大学である。

発行元は笹氣出版印刷という仙台では中堅どころの印刷会社で、他にも色々なお仕事をいただいてきた。この「まなびのめ」は同社の社会貢献事業であり、私の報酬を含む全てを負担している。

そろそろ他のライターを探すべき時期ではないかと思うが、当面その予定はないとのことだ。誰よりもまず私自身が学びの喜びを味わいながら、今しばらくは担当させていただくことにしよう。

七ヶ浜町でチラシ講座

20181103

 12月8日(土)は七ヶ浜町で、チラシの作り方講座の講師。
 何度も遊びに行った菖蒲田海水浴場は7年前に津波に襲われましたが、昨年再開しました。
 写真は会場を下見しておこうと現地を訪ねた、11月3日(土)のものです。

20181103

 2011年の被災後にも行ったのですが、周囲の住宅地を含め、爆撃を受けた後のような景色に息をのみました。
 正午前の光を反射する海。砂浜に遊ぶ家族連れやカップル。遠景には往来する船。
 今は全てを美しく、かなしく感じます。

20181103

 講座の会場である生涯学習センターの隣には、「きずなハウス」があります。
 今回お声がけいただいたレスキューストックヤードさんの運営による、子どもたちをはじめとする地域の方々の〝たまり場〟です。
 建物は被災地に建築家たちの支援活動で提供された「みんなの家」の一つです。

20181103

 講座はぶじ終了。
 楽しみながら学んでいただけたようでうれしい限りです。
 またご縁がありますように!

ほめられるとうれしい

年をとると残念なことが増えていく。
しかし良いことも少しはある。
その一つが、ほめられると素直にうれしい、ということだ。
子どものときは、ほめられるとうれしかった。
若いときはほめられても、ふんっと思った。
「俺を正しく評価できるのは俺だけだ」
愚かだ。そしてそれで良かった。
今はほめられるとうれしい。
ところがなかなかほめられない。
「若いのに…」という枕詞(ことば)つきでほめられていたのは、あれはリップサービスだったということが、今は分かる。もう遅い。
ところが先日、盛大にほめていただいた。
2月3日に仙台市シルバーセンターでやった文章教室である。受講者のアンケートをまとめたものが送られてきたのだ。
「先生のお話が聴きやすく、分かりやすかった」「これから文章を楽しく書けそうです」「同じ大泉先生でさらに実践を学びたいです」「シリーズのような形でまた大泉先生に講座を続けてほしいです」「素晴らしい先生に感謝です。またお会いしたいです」
こうした言葉が40人分以上も並んでいると、なんだか「本当は自分は立派な人間なんじゃないだろうか」と思えてくる。もちろん錯覚である。
前日の、経営者や自営業者の方々向けの文章講座でも、終了後に何人もの方から「さすがプロだ」「プロはやっぱり違う」と声をかけていただいた。うれしい。
ただこれが、「トシのわりには…」という枕詞を省略したものでないことを祈っている。